のんたんの独りゴト

丹野恵美子のブログです。フルートを吹いたり料理作ったりどっかいったりしている記録と、ごまめの歯ぎしりの記録です。

人生捨てたもんじゃない

160/n

もし一肌脱いだとしても何やってるかわからないと思われてもやってしまうのは性格なのか。というかルートCをギリギリになって選ぶよりルートAの起点に気付く方が色々と良いと思ってるんだけど、それってなんか変なことなの?それとも、ヒヤヒヤしたりとか後回しにしてそのこと考えさせることが望ましいっていうことが世の中の定説なのかしら?

学生時代、嫌なことを押し付けられても断らないことをいつも母親に怒られていた。誰かがやってくれるだろう、丹野に頼んだらやってくれるだろう、と思って見ている傍観者と同じような人間ではないよね?と自分自身に確認し続け、結局は私は違うということを自分自身が知りたかったのだ。

周りの人が何をどう思おうと構わない、自分自身がどうありたいか、それにちゃんと向かっているか。私にとって大切なのはそこであったので、あんたは全く馬鹿だよねって母親にはよく叱られたり怒られたりしたけれど、頭が良くても中身の腐った人間になるより、お人好しにはならずとも自分の気持ちに正直に生きよう、それがもし周りの人に馬鹿にされたとしても、人よりも遠回りしたとしてもって思っていたから、傷つきはしなかったのだ。

しかし、利益が絡み始める大学時代になると状況も変わってきて、そんな寝言言ってる場合じゃ無くなってきたのだ。なぜなら相手も自分が生き残るために必死だからだ。出来るだけ自分の負担を軽くして自分を向上させることに時間を割きたい、それが全員だったら、そして私もそうだったら?出来るだけ人と関わらない、巻き込まれないように工夫していくしかなくなるし、じゃあ損得じゃない関係性ってないのかな?って思ったりもしていたのだ。多分私は相当関わりたくない奴だっただろう。ちなみに上京組は成人式に行かなければもう殆どの地元の同級生と会うこともないので、残念ながら尖っていてお金がなかった私は成人式には参加しなかった。

幸い、損得じゃない関係性の構築、、、かなりの努力は必要だったが目指していればちゃんとたどり着くものなのだ。戯れているのを見ているのはなかなか楽しい。戯れならね。人生捨てたもんじゃない、これだけは自信を持って言えること。でも、それを人に言い続けられるほどの度量と根性はある?っていつも自問自答してしまうのだ。